風に向かう少女
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■物語り風ショートストーリー
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■風に向かう少女
■物語り風ショートストーリー
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■風に向かう少女
吹き付ける轟々という音。
体が後ろへと追いやられる。
立ち向かわなければ。
負けてはいけないのだ。
息をするのもままならないほどの威圧。
掻き分けるように、もがくように、前へ。
苦しい。
だが立ち向かわなければならない。
終わりもわからぬまま、進まなければならない。
じりじりと歩を進める。
腰を落としてできうる限り地に寄り添う。
指先が、足先が痺れる。目元がかすむ。
だが、立ち向かわなければならない。
轟音は天高くそびえる山の頂上から、少女の地へと響く。
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大空の風
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■物語り風ショートストーリー
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■大空の風
■物語り風ショートストーリー
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■大空の風
大空を、大地を駆け抜ける風。
その風にさらされる青々とした大地。
その大地の一角の小高い丘の上に、この一帯を総べる遊牧民の、若者の影がふたつ。
二人は抜きぬける風の中、ただただ無言で遠方を臨んでいた。
やがて一方が口を開く。
「本当に行くのか」
そう問われた側が、ちらりと一度視線を向け、
「ああ」
と応えた。
「ヨル、みんなが悲しむ」
「構わない」
即答され、唇を噛む。重苦しげな表情には、わずかに焦りも見て取れた。
再び訪れる沈黙。
ヨルが口を開く。
「ずっと、小さい頃からの夢だった」
「小さい頃から、外の世界に憧れていた。あの山を越えた先に何が見えるのか、あの川をくだった先に何が待ち受けているのか、知りたくてたまらなかった」
一呼吸おいて相手を見据え、言葉を続ける。
「それは、ディン。お前が一番よく知ってる」
ヨルと目が合う。そらすことが出来なかった。
「俺たち二人ならなんだってやってこれた。今までだって、これからも。だからどこにも行く必要なんてない。どこにも行くな」
ヨルの瞳に悲しみが浮かぶ。
「…すまない」
相棒の決意は固いようだ。ディンは苦しながらもそう感じた。
俺は、どうすればいい。どうすれば。
ヨルがそっと口を開く。
「いずれ、ここへ戻ってくるよ」
ヨルの優しさからでた言葉だ。だからこそ、信用できなかった。
「ヨル…!」
「止めないでほしい」
ヨルは悲しげに微笑むと、その一歩を踏み出した。
大地を、風が駆けた。
二人の間を、どこまでも遠くへ。
こらえた涙を頬にこぼしながら、ディンは精一杯叫んだ。
「また会おう!また会おう、ヨル!」
遠くなった背中が、振り返り、手を振った。
ディンはそれにめいいっぱい両手を広げて応えた。
大地を吹き抜ける風は、何を運んできてくれるのだろうか。
ヨルは何を見、聞くのだろうか。
それは二人にはまだ分からない。ディンは願う、願わずにはいられなかった。
風が、全てを運んできてくれることを。
そらはかゆい。
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■物語り風ショートストーリー
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■そらはかゆい。
■物語り風ショートストーリー
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■そらはかゆい。
そらはかゆい。
かゆいほどの空。
あっけらかんとして、
さわやかで。
なんだか虐めたくなる。
ぼんやりとそんなことを考えながら、シキは眩しさに目を細めた。
多分これから、雨が降るだろう。
ざまーみろ、こんな清々しさなんて、長く続かないんだから。
そうして睨むように右手の遠方に首をまわす。
左も同じく。
前も。
蝉や小鳥の鳴き声ばかりが相変わらずうるさく耳に届いていた。
人は、いないようだ。
人気のない昼下がりの住宅街の裏道は、シキを孤独の妄想へと引きずり込む。
まるで、あたしだけ、この世界においていかれたみたい。
鮮やかな日照りの、大きな文明を持つ世界の、
突然に訪れた空虚。
くうきょ。
風にそよぐ木々の葉のこすれる音。大きく感じる。
あたしが素直でいられるのは、この世界の中だけだろう。
瞼を閉じ、そっと開くと、もうそこにはただの現実しかなかった。
飼い犬によく似たおばさんとすれ違う。
遅刻常習犯の女子高生に追い越される。
いつの間にか頬を伝っていた汗が、
ぱたりと地面にたれた。
それに気づいたシキの目に一匹の蟻が地面を這っているのが見えた。
嫌悪感をむき出しにして睨み付けると、シキは力を込めて足を振り下ろした!
タン、と、乾いた音が、あたりに響く。
この事に、誰も気づくことはない。
住宅街の裏道には、相変わらず生き物たちのさえずりが響いていた。
朝露を集めに
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■物語り風ショートストーリー
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■朝露を集めに
■物語り風ショートストーリー
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■朝露を集めに
小さな丘の茶畑に、小さな人影がひとつ。
目覚めたての町の まだしんと冷たい朝の片隅に、その丘はあった。
人影はかじかむ手にふうと息を吹きかけ いそいそと手をこすり合わせる。
白い息が、静かに上空へと消えていく。
人影はふとその空を見つめ、しばしその薄青に見入っていたようだった。
だがすぐに下を向くと、そのかじかんだ指先で慎重に茶葉を持ち上げては、
その上のわずかな朝露を、せっせと小瓶へと集めていった。
小瓶には、まだたくさんの余裕があった。
たくさん、たくさん集めなくては。
やがて町に人影が溢れ、街並みに活気が出始めた頃、人影は大通りへ続く緩くくねる小道を帰って行った。
首から下げた小瓶に、輝く朝露をいっぱいに詰めて。